あの時見逃してもらった吸血鬼です
「人間って、ほんと~にめんどくさい!」
「……はぁ」
プンスコ怒ってみせても後ろを歩くデロスは気のない相槌しか打ってくれない。張り合いのない奴。
「いーじゃん、なんで皆怒るの? 人間じゃなくなるくらいでさあ」
僕はその場で足を止めて振り返る。今なお祓魔師の装束を纏い続けるデロス。こいつだってそうだ。前はもっとこう……もっと、張り合いがあったのに。
「…………悍ましい怪物にさせられたら、誰だって怒ります」
「デロスも?」
「……」
無言。
沈黙。
言外の肯定。
「だからさあ~、そうやって黙らないで『うん』って言ってよせめて。てか怒れよ。僕ばっかり喋ってるの寂しくなるじゃん」
「……せめて、少し静かにして頂けませんか?」
「むりで~す」
いやだよ、僕は楽しくおしゃべりしたいんだから。
しかしまあ……「悍ましい怪物」呼ばわりは流石にちょっと凹んじゃうよ。僕だって凹むよ? なんで僕が気に入ったやつほど素直に第二の人生を享受してくれないのか、理解に苦しむ。
むむ、と口をとがらせているとデロスは苦虫を噛み潰したような顔で口を開いた。あ、ちょっと牙が見える。
「全部言葉に出てますよ」
「聞かせてんだよ~」
返事の代わりに、デロスからは深いため息が一つ。ぼくはくるりとマントを翻して前を向いた。一つ伸びをして、居城に帰る道をまた歩き始める。
前はもっと、人間だったデロスはもっとこう……僕に向き合ってくれてた気がするんだけど、今のこいつはちょっと変だ。そんなに太陽の下を歩けなくなったのがショックだったのかな。お隣さんとかご近所付き合いもないし退屈なのかな~って今夜は遊びに連れ出したのに、そういうことでもなかったのかも。やれやれ、世話の焼けるやつ!
「せっかく助けてあげたのに、人間って自分勝手だなあ!」
「……あなたがそれを言うんですか?」
「僕はこの通り、博愛精神にあふれる一吸血鬼だよ? どこが自分勝手?」
背後のデロスの足音が止む。うん? と怪訝に思い振り返れば、デロスは口元に見たことのない微笑を浮かべていた。目は全く笑ってない。爛々と、血のように赤いガーネットの瞳が僕を見ている。ビリビリと、殺意が滲む視線。
「勝手に眷属にされて、怒らない人間の方が少ないでしょう」
「そうかな~、皆そんなに太陽が恋しいの?」
首を傾げながら言えば、デロスは「ええ」と力強く頷く。突き放すような、地を這うような声音。
「あなたには一生、わからないでしょう」
「そりゃ、太陽なんて不愉快なもの全く恋しくないよ……」
一瞬だけ、想像してみる。なんか……僕とデロスが、真昼の太陽の下でじりじりと日向ぽっこしているところを。想像だけで体が痒くなる気がして、僕は思わず二の腕をさすった。そんなことしたらデロスなんてまだ日が浅い眷属は秒で塵になってしまうだろうし、嫌すぎる。
「う~~嫌な話題やめよやめよ。早く城帰ってなんか美味しいもんでも食べよ。バルコニーで飲んでもいいし」
「海でも見ながら、ですか」
「そそ」
暇つぶしに足元の小石をちょいと蹴って遠くに飛ばしつつ、デロスの剣呑な視線から顔をそらして僕は続けた。
「ほら、デロス前に海の見えるとこで育ったとか言ってなかったっけ? 違う海でもまあ似たようなもんでしょ」
「……はぁ」
呆れたような声がデロスの口から出てくる。そのまま何を言うべきかだいぶ悩んだ間があって、デロスが再度口を開いた。
「…………あなた、本当に、自分勝手ですよね」
「散々考えてそれ!? 僕のどこが自分勝手なんだよ。こんなに他人の幸せを願っているヤツそうそういないぜ?」
デロスからの相槌はない。代わりに、デロスの口からは今夜一番の深いため息が出てきた。
そのまま彼はおもむろに歩き出す。僕を置いてズンズンと城への道を大股で進んでいった。
「無視して行くなよぉ!」
「早く帰るんでしょう」
「言ったけどさ~」
本当にこいつ自分勝手だなあ、とボヤきながら僕はデロスの大きな背中を追う。
ふと、一ヶ月前の彼の背中とダブって見えた。誰も通りがかりやしない路地裏でうつ伏せで倒れていた、血まみれのデロス。必死に十字架を握りしめて、震える声でずっと助けてもくれない神に祈りを捧げていたデロス。
──神なんか祈ってないでこっち見ろよ、なんてさ。
「うーん、我ながら慣れぬ事を……」
つい独り言が漏れる。聞こえたのか、デロスが怪訝な顔で振り返った。
「?」
「なんでもなーい!」
からっと明るく笑って見せれば、またデロスはため息をついた。
(おちなし。おわり)