The Back Shelf

ドミニカの大砲デロスサントスが誕生日にお洒落なバーに誘ってくれたというのにドミニカの大砲デロスサントスの余裕の裏で僕は慣れないお店の空気に挙動不審になる

 ピンチです。
 えっと。僕は重音、三十一歳、職業は野球選手。現在窓から海が見えるお洒落なバーに来ています。隣に座ってお洒落に飲んでいるのはチームメイトのデロスサントス。
 そもそも「ご飯食べにいきませんか」って言われたから来たんだけど、何その……何? まず僕の服装見てよ。三不粘Tシャツだよ。まずジャケット着用じゃなくていいのか聞いたらデロスは「ラフなお店ですよ」って軽く言うし。実際何も言われてないけどこれ、デロスの行きつけのお店とかそういう事? どういう事? えっ、場違いじゃないの? てかメニュー表がない店来たの初めてだよ。バーテンダーさんは「今日は何にいたしましょう?」って親切に聞いてくれたけど、今日はも何もわからないんだってこっちは。何とか僕は唯一知ってるカクテルの名前を言ったけど……某スパイ映画で知った「マティーニ」。一杯目がそれってよかったのかな……? トリアエズナマ、とか言える雰囲気じゃないかなって……。てかデロスサントスはシンプルにハイボールだった。ハイボールあるなら言ってよ。
 くつろいでこちらを見てくるデロスサントスに対して、僕は完全に場に飲まれていた。緊張のまま店内をついちらちらと見回すものの、まだ開店して間もない時間だからか他のお客さんもいない。暗めの店内でカウンターの上の間接照明がぼんやりと僕らを照らす。コトリと目の前に置かれたマティーニのグラスの縁がキラッと光った。目の前に置かれたお通しのナッツ、これ食べていいのかな? てか乾杯もまだだったよね。えっ、こういうお店って乾杯していいやつ? 何が正解?
 大混乱のままグラスを手にとり、おずおずとデロスを見れば、彼も手元のグラスを手に僕を見ていた。サングラス越しの瞳と視線が合う。僕が口を開く前にデロスの方が口元を緩ませて言った。
「お誕生日おめでとうございます」
「あっ、はい、ありがとうございます」
 釣られて敬語で返してしまった。デロス相手に。僕がグラスを近づけるか躊躇している間に、デロスが軽くグラスを持ち上げて会釈してくる。「乾杯」と静かな声で彼が言うのに合わせて、僕も追従して小声で言った。危ないところだった。おそらくこういう店では盛大に「かんぱーい!」なんてグラスを合わせてはいけないのだろう。
 ちょん、とグラスに口をつけてマティーニを口に含む。キリッとよく冷えたジンに、なんだろう。なんかよくわからないけど柔らかくて飲みやすい感じ。パチパチと目を瞬かせながら、もう一口飲んでみる。美味しい。よくわかんないけど。
「……おいしい」
「よかったです」
 小さく笑ってデロスサントスもグラスを傾ける。涼やかにジャケットを着てさらりと飲んでみせる彼は嫌になるほどサマになる。ふざけたTシャツをきた僕と違って。
 つい卑屈な気持ちに襲われそうになって、僕は窓から夜の海を眺めながらちびちびとマティーニを口に運んだ。
 ──窓から、海が見える。
 その事実にふと、僕はデロスのほうを見た。以前僕は、海が見える店がいいって話したことがあるな、と思い出してしまった。
 もしかして……誕生日だから僕が前に言ってたことを汲んでくれた、とか。それは流石に自惚れかな、とか。
 デロスはハイボールを早くも飲みきって二杯目を頼んでいた。いつもよりちょっと早いペースだとわかるくらいには、こう見えて僕は彼と仲が良い。もしかして彼も慣れてる雰囲気でいて、僕と同じくらいこの店に緊張してるのかな、なんて思ったらふっと肩の荷が下りる気がした。
「デロス、僕さ」
「はい」
「こういうお店初めてなんだよね」
 困っちゃったな〜なんて明るく笑ってみせると一瞬デロスが固まった。あ、そうじゃなくて、この店じゃ嫌とか不満とかじゃなくてね。
「いい機会だし教えてよ、デロスはなんか詳しそうだしさ」
「そこまで詳しくないですが」
 ふ、とデロスが目に見えて安心したように息を吐く。「もちろん、いいですよ」と小さく彼が頷いたのを見て、僕はほぼ空になった手元のグラスを手に最初の質問を投げた。

「マティーニのオリーブって食べていいの?」
「ええ。……今まで飲んだことは?」
「ないよ」
「あんなに堂々と言っていながら……?」
 珍しく驚いた顔のデロスサントスを横目に、僕は上機嫌にグラスの中のオリーブをひょいと口に放り込んだ。

(おわり)