教えてやらない
「デロスサントス、僕お前のこともっと前から知ってるんだぜ」
そう言って、重音はいたずらっ子のような笑みを浮かべてみせる。デロスサントスは首を傾げて「▽軍の前?」と聞いた。重音は笑みを深くして「教えてやらない」と鼻歌を歌いながら、手に持ったジョッキを口元に運ぶ。ビールはあっさりとした飲み味で、ドミニカ料理によく合った。
「それより、この料理なんだっけ? めっちゃ美味いね」
重音が行儀悪くフォークで指したのは目の前のワンプレート。パラっと炊き上がった米に、グリルチキン、豆と野菜が盛り合わせられたもの。ドミニカ料理店なのだから、ドミニカ料理の何かだということしか重音にはわからない。デロスサントスに注文を任せて、運ばれてきた料理に舌鼓を打ち箸を進めていた。ランチタイムといえど穴場なのか、平日だからか重音とデロスサントス以外の客はいない。今日はオフの日だった。
デロスサントスは重音がニコニコと食べすすめている様を見て、彼が先ほどデロスサントスが投げた問いに答える気がないことを悟るとため息をつく。そして「ラ・バンデラ」とぽつりと言った。
「ばんでら?」
「ドミニカ国旗みたいだから」
「ふーん」
ばんでら、と重音は何度か口のなかで呟く。デロスサントスはもう一度お手本を見せるように、「ラ・バンデラ」と流暢なスペイン語で言ってみせた。ドミニカの公用語はスペイン語である。デロスサントスの口から発されたそれは、やはり重音のつぶやくそれとは違って聞こえるものだった。
「……ラ・バンデラ」
重音の言い方は案外いい線をいっていたらしい。デロスサントスにしては珍しく口元を少し緩め、微笑を重音に見せて鷹揚に頷いた。
重音は輝くようなドヤ顔をデロスサントスに見せつつ、目の前の「国旗」を食べていった。
店内のテレビでは何かの企画かわからないが、将来の夢は?とインタビューのマイクを子供に向けている。緊張しながらも坊主頭に刈り上げた少年が「野球選手!」と言うのを、レポーターは微笑ましげに見ていた。
重音がテレビの方をつい見つめているのに気づき、デロスサントスは「懐かしい」と言った。ああして子供時代にインタビューをうけたことがある、とも続けて言った。
重音は相槌を打ちながら、デロスサントスに聞こえないくらいの声でぼそっと呟いた。
「知ってるよ」
「? ……ごめん、聞き取れなかった」
「何でも」
重音は笑って、皿の上の豆をフォークでついた。
(おわり)